薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

秘密の芋虫(4)

わたしの飼い主のつもりであるちいさな女の子は、いつもどうり学校へ行った。わたしはここ数日、いろいろ徘徊して集めてきた、色とりどりの糸くずを、隠していた葉っぱの下から取り出し首に巻いた。これまた葉っぱの下に隠していた、生地屋から拝借している、黒色の、肌触りのいい上等な布を身に纏った。布には、わたしの大好きな目玉が所々に描かれており、その目玉が、どこを見ているのかわからない眼球を、あたりにジロジロさせている。大変お気に入りのものだ。もう一着、人の鼻が無数に描かれた衣装もあるが、今回は一晩迷ったすえこちらに決めた。

わたしは人という生き物の、奇妙な身体の形がどこか好きなのである。例えば足だけとか、手だけとか。それらも、目や鼻ほどではないが好きである。これは、人間の言葉でいうと、略してフェチ、フェティシズムというらしい。わたしがオメカシするのは、祭りだからである。今日は、楽しい、ピアノ祭りである。

女の子の部屋の窓を、ちょっと開け、わたしはベランダに出た。よく晴れた、風が強い朝だった。わたしは糸らしきものを口から吐き、適当な場所に絡めた。それから飛びおり、風に乗り、ある家の屋根に着地した。糸を切り、屋根から壁をつたい、窓からその家の、ある部屋に侵入した。どんなに厳重に戸締りをしている家でも、人ではないわたしの侵入を防ぐのは難しい。その部屋には、わたしの目指すもの、ピアノ、ピアノがある。

今日、家に人は誰もいない。調べはついている。この家には、一匹ずつ、犬と猫がいる。犬は、わたしが屋根に着地してからずっと吠えつづけていたが、人間にはなんのことかわからないだろう。猫は、ピアノがある部屋にいたが、わたしが入ってきたので部屋から出て行った。部屋の外からこちらをうかがっている時もあるが、今日はいなくなった。

ピアノ。人間が発明したもので、こんなにわたしを喜ばすものはない。白と黒の浮き沈みする板。鍵盤と呼ばれるもの、それが一列にならんでいる。体重をかけると、音が鳴る。ひとつひとつの板が、別の音を出して鳴るのが、このうえもなくすばらしい。

さっそくわたしはひとつの板に、ゆっくりとのった。音が出た。その音が、部屋に響いた。わたしの身体にも響いた。ぞくぞくした。わたしは、ゆっくりと板の上を這い、ゆっくりと板から板に飛び移った。そうやって、まず一音一音を味わった。

そしてついに、板の上を素早く動き始めた。無数の音が連なり始める。喜びが身体中に溢れる。祭りである。襟巻きを巻いた無数の目玉が、奇妙な音を鳴らしながら鍵盤の上を狂喜乱舞している。突然予定を変えて家に戻ると、誰もいない部屋でピアノが鳴っており、扉を開けると鍵盤の上で踊り狂っているわたしと出くわす可能性があるので、家にピアノをお持ちの女性は気をつけたほうがいい。

なぜ、そんなにもピアノ祭りが好きか、わたしにもよくわからないのだ。

 

2007.03.09 Friday

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