薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

秘密の芋虫(3)

ねぇ、ソラマメ。

彼女は、どうも数日前から、その四文字熟語をわたしに向かって言いつづけている。

わたしに向かって、なぜソラマメというのであろう。

彼女はまた、わたしの方を見て、ソラマメ、と言った。わたしはじっとしていた。

すると彼女は、イチゴパックに顔を近づけてきた。

大きな顔だ。大きな目だ。わたしのことをじっと見つめている。すごく見つめている。わたしを四方八方から見つめている。その後、どこからか、黒色のマジックを取り出した。キュキュと音がした。わたしのいるイチゴパックに、彼女は何か書いたようだ。

そして今度は、イチゴパックから、一歩離れた。イチゴパックをじっと見て、やがて彼女は微笑んだ。行ってくるね、とわたしに向かって言い、出かけていった。

わたしはモゾモゾと這い出した。黒目がちの目で、イチゴパックを見ると、でかでかとソラマメと書いてあった。ソラマメとは、どうやらわたしの名前のつもりのようだ。

ア・バオ・ア・クーとか、ゴーレムとか、奇妙で、特別な響きのする言葉で、呼ばれるのなら呼ばれたいものだ。まだ、彼女にそれを求めるのは無理というものだろうか。まあ、彼女との間では、それでもいいような気もする。気まぐれなわたしなのだ。

彼女に見つかる心配はないので、いそいそとわたしは、お食事に出かけた。お漬物を食べにである。お気に入りのぬか床屋が、あるのである。ぬか床関係の者だけにしか伝えられていないことだが、わたしが現れると、そのぬか床屋は栄えるというのである。

もし、わたしが現れたら、そっとしておかなくてはならない。ぬか床界の掟である。そして、ぬか床職人たちは、漬けるきゅうりの数をいつもより増やすのである。

神棚にきゅうりを供えるぬか床師達もいる。ある駆け出しの職人など、偶然、ぬか床と戯れているわたしを見かけ、涙を流して喜んでいた。

なぜ、ぬか漬けに関わる人々に、わたしがそのような扱いを受けているか、わたしにもわからない。わたしはとにかくミステリアスなのだ。わたしとしては、おいしいぬか漬け、特にきゅうりのぬか漬けを求めて、今日もうろちょろするだけである。

 

2007.03.07 Wednesday

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