読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

休止

会って話した結果、書いたら原稿を持ち込んでいいことになった。
あなたがこれまであまり書こうとはしたがらなかった、自分のことを書いてくれるなら、ということだった。
見本の原稿も読んでくれていて、それについていろいろ話をした。
書き上げるか、ある程度きりのいいところまでかたちになったら、いつでもいいから読ませてほしい、ということだった。

わたしは極度に緊張していいて、なかなか言っていることが理解できなかったり、同じことを何度も聞いたりして、会談の時間が大幅に伸びてしまって、とても申し訳なかった。早く切り上げねば、もう相手は帰って欲しいと思っている、とわかっているのに、上手く話が切り上げられない。その後ひとりになったときに、そのときのことを何度も思い出して、ずっとひとりでシャワーを浴びながら落ち込んでいる。でも、またそんな場面になると上手く立ち振る舞えない。そういう自分とまた向き合わなければなるのだ、と思った。

神楽坂を、飯田橋駅に向かって下って行った。毘沙門天を横目に見た。これでこの風景を見るのも最後だな、と思っていた場所は、三年経って、少し感じが変わっていた。普通の本屋が、ブックカフェみたいなものに変わっていた。どことはいえないところも、いろいろ変わっているようだった。自分は変わったのだろうか。無駄なことを繰り返しているのだろうか。
一度失敗しているのだから、書き上げたとしても、採用にならない可能性も高い。
また書けば、読んでもらえる可能性ができた、というだけで、別に本になるわけではない。
ダメなら、まだ読めてないんです、が二回つづいて終わりだ。
本にならなければ、無駄に時間を費やした、ということになるのだろうか。

人生が失敗しましたね、と言われるのだろう。


帰りの電車で、会って言われたことをきっかけに、いろいろ考えや場面や言葉が浮かんできた。ここはああしたらいいのかもしれない、こういうふうに書き直してみよう。ここしばらくないような感じに頭や身体がなった。目の前にある電車の窓から景色が見えた。周りには仕事が終わって、家路に向かう人たちがいた。

それから数か月、資料を読んだり、書いたり書き直したりを繰り返したりしたが、あまり原稿は進んでいなかったある日、身体に不調を覚えて、近所の町医者に行った。診てもらうと、直ぐに紹介状を書くので、もう夜なので、明日の朝一にその大学病院に行って、詳しく診てもらった方がいいと言われた。
仕事を休んで診てもらうと、入院して手術が必要だと言われた。命に関わる病気ではないので、身体は短い期間で動かせるようにはなるが、最低でも半年ほどは、手術をした場所を休ませなければならない。そうしないと再発してしまう。本を読んだり、パソコンでまとまった量の文章を書いたりできるようになるには、一年ほどかかると言われた。どうにかならないのでしょうか、と訊くと、お気の毒ですが、どうにもならないのです、と言われた。

帰り道、四月なので、身体にスーツが馴染んでいない男女の集団がいた。新入社員の一団が研修なのか、どこかに向かっていた。

手術は成功して、仕事も軽作業の仕事を回してもらえるとのことで首にはならなかったが、また書けなくなった。いつでもいいので書き上がったら原稿を読ませてくださいと言われたが、だからと言って、二年も三年も待ってくれる可能性は低い(いつでもいい、というのはもともと待ってもらえるほどの存在ではない、ということだから)、話は流れたのかもしれなかった。

 

2016.04.26 Tuesday

 

 

広告を非表示にする