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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

東京強歩(2) いちども行かずにおわる大島という町が戦争をしかけてくる

とりあえず、まずとなりの町はどうなっているのか、わたしは自分で確かめてみることにした。

家にあるポケット地図を見ると、わたしの住む町、江東区亀戸のとなりは大島となっている。
しかし、亀戸のとなりは大島だといわれても、現実感がない。わたしはじっと地図を見つめた。
とりあえずは大島まで行って帰ってこようかとも思ったが、あまりにそれでは距離が短すぎるのではないだろうか、と思った。となり町なら行こうと思えばいつでも行けるのだ。
しかし、行こうと思えばいつでも行けるのに、大島には行ったことがない。
新宿や東京駅や、錦糸町などには何度も行ったことがあるのに、大島には行ったことがない。
大島に行く用事がないからだが、あえて行こうとしなければ、となりなのに一度も行かずにおわる大島という町が、何か得体の知れない人々が住んでいる、下手をすると無事には帰られない町のような気がしてくる。大島が突然戦争をしかけて来たら。わたしはどうしたらいいのだろう。

こんな感じを抱くのはいつ以来だろう、子どものころは、となり合う町が、行ったことのない知らない場所であれば、そのような場所でもあった。不用意に行くと、お前どこ中のものだよ、などと絡まれ、持ってる金を置いていけと脅されることもあった。小学生や中学生のころ、そうやって人から金を脅し取っていた人間や、陰湿に人をいじめていた人間が、普通の人間の顔をして、暮らしている。道を大きく踏み外さなかっただけで、大人になったから、そういうことをしないだけで、その人間の本質は何も変わっていない。そういう人間が大島に住んでいる。大島はそんな町かもしれない。

ある日、わたしがトイレに入っていると、何か大きな音と共に、へんな揺れを感じる。なんとかまだ尻を拭いて出る心の余裕はあったわたしが、窓を開けて外を見ると、あれはなんだ、としか言えないような大きな何かが、ここからは少し離れたところにいるのが見える。空を飛んで行くヘリコプターの音や、道を走って行く救急車か消防車のサイレンの音が聞こえる。
しかし、いま自分の直ぐ目の前に見えている近所の様子は、何も起こってなどいないかのように、いつもと同じ景色だ。だが、目を泳がせていると、自分と同じように、あるアパートの窓から外を覗いている人がいる。

テレビを点けると、ヘリコプターのカメラからの映像なのか、映し出されている何か大きなものが、わたしのいる場所から少し離れたところなのだろう、東京の町のどこかを進んでいる。チャンネルを変えてみても、全て同じような映像が流れている。

ここにじっとしているわけにはいかない。逃げなければ。できるだけ安全な場所に、遠くへ。しかし今のわたしには、逃げ出せる自信がない。どこに行っていいのかもわからない。町がからだの中に身体化されていない、この道をこっちにこれくらい行けば、どこへ行ける、というのがわからない。ここが行き止まりなら、こっちに出て、こう迂回して、というのがわからない。駅まで行って総武線に乗りますから大丈夫です、とはならない。そういうときに電車が走るわけがない。

いくらなんでも現実には起こりそうにないが、大地震が起こったら、どちらにしろ同じような状況になるのだ。まずとなりの大島に行かなければ。まずはその一歩として大島に行って、それよりも向こうも、行ける限りは歩いてみるのだ。自分の足で歩いていくと、きっと何かわかるかもしれない。子どものころ、歩きや自転車で、行けるとこまで行こうとしたのも、きっとこういう気持ちだったのかもしれない。

地図を更に見て行くと、同じ江東区の南の端に、夢の島という場所がある。
夢の島。どこかで聞いたこともあるような名前だが、どんな場所だっただろうか。
公園と書いてある。ネットで詳しく調べてみようかと思ったが、実際に歩いて行くのだから別に調べる必要などはないのだ。実際に歩いていく。夢の島まで歩いていくのか。夢の島まで歩いて行けるだろうか。しかし行き先は夢の島がいいような気がした。わたしは夢の島に向かって歩いて行くことにした。