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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

何をどのように書くのか。

日記 下流の話

今度の職場はこれまでよりは全然いい場所のような気がする。運不運というが、これまで社会に出てから十数年、自分は人から悪意をこうむったり、職場がブラックだったり、性質の悪い人に利用されたりと、いいことがなかった。

でもそれがなければ東京にいる今の自分はないわけで、何かよくわからない気持ちになってくる。

そしてこういう毎日を過ごしていると、以前持ち込みにいったところの編集者さんに言われたことを、なんとなく思い出す。

 

あなたの書いていることに全く共感できないです、と言われたのだった。

申し訳ないけど、わたしは両親も仲が良くて離婚していないし、学生生活は楽しかったし、クラブで頑張ってなんとか全国大会までいけたんですね。大学入試も就職試験も第一志望に通りましたけど、それは物凄く努力したからなんです。確かにわたしの家は裕福な方ですけど、でも日本の社会はちゃんと正しく動いていると思うんです。みんなちゃんと努力してると思うんです。確かに恵まれているのかもしれないですけど、かといって犯罪とかズルはしてないと思うんですよ。あなたの文章を読むと頑張っていこうという気がなくなるというか、何かイヤな気持ちになります。自分がした一生懸命の努力や、自分や友達や家族とかが、何か悪いものに加担していて、まるで人を搾取しているみたいに思えてくるので・・・ただ努力の結果、そうなっているだけなのに、まるで悪いことしているみたいに。ガンで余命何ヶ月の人とか、難病や目が見えないとかなのに、前向きに明るく生きてこうとか、黒人の人とか、そういう人なら皆、応援していこうと思うし、感動すると思うんです。街角のパン屋さんが、つまずいたりもしたけど、仲間と協力して、努力して店を頑張っていくとか、そういう本がわたしは出したいです。あなたの能力は認めますけど、あなたのような人の本を世の中に出したくないというか・・・正直、あなたとか、あなたの周りにいたような人はわたし知らないですし、そんな人たちが本当にいるのかなと。ヤクザみたいな人なら別として、普通に働いている人がそんなヒドイ人たちだなんて、ちょっと疑問だし、いまいちピンとこないというか。普通の人はもっとマトモだと思うんです。本当に少数派の人のことだというか、多くの人は、読むと不快になると思うんです、とそう言われたのだった。

 

確かに物心ついたときからこういう生活をしていたら、わたしの書いていることなんて、なにを言いたいのか意味がわからない、となるような気がする。平和な場所に、嫌がらせとケチをつけに来ているだけに思えるというか。

嫌いな言葉だが、育ちが悪いとか、そう言われてしまう人たちの、少数派の、底辺と言われる人たちの、自分とは関係のない世界のことであるというか。

わたしは幸せになったと喜ぶべきなのか。いままでは不運だったのだ、と思えばいいのだろうか。そして昔の自分のことを、そのときの気持ちを忘れて、マトモな人になればいいのだろうか。

何かそういう人になってしまいそうな怖さもある。

もしかしたら以前のわたしの本も、直接そう書けと編集者に言われたわけではないが、いわゆる普通の人たちが、下にはこんな人がいるんだとか、自分はこうじゃなくてよかったな、などと確認するために、あるいは安心するために、読んでいたものなのかもしれない。いや、多分にそういうところはあると思う。

自分でも、そういう思惑を感じ取って、そう指示も強制されてもいないのに、自らそういう自分を演じているところがまるでないか、と言えば、ないわけではないだろう、いや、かなりあるだろう、まったくそうじゃないか、などとさえも、思えるときがあるからだ。あるいはかなり自惚れて、自分には果たさなければならない社会的役割があるのだ、などと、勘違いしているところもあった。

しかし物書き以外の仕事が見つかると、逆に何を書いていいのかがわからなくなった。

やっぱりもう自分は求められていないのだ、と思うと、最近では書く意欲もだんだんとわいてこなくなった。

前は別に望まれてもいないのに書いていたのに、好きなものを書いていたのに、どうしたのだろう。

本など出していなければ、いまでも書いていたような気がする。

書きたいものがあるが、それを、どう書いていいのかがわからなくなった。

2012.10.10 Wednesday