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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

失敗者の話

わたしは明日仕事(書く方ではない)の研修があるのに、『サブカルスーパースター鬱伝』を読んでいる。まだ半分ぐらい読んだだけだけど、鬱になるどころか、なんだか励まされたような気がしてしまった。
その世界に関心のある人間なら、誰もが名前を知っているような、一度は成功らしきものを手に入れた人たちでさえも、成功の一歩先からは、何の迷いも悩みもなく、人生思い通り、というわけでもなく、そこからはじまる下り坂を、皆なんとか生きて行っているのかもしれない。
他人からは上手くやっているように見えていたとしても、本人的にはこうしたくはなかった、こうなりたくはなかった、という思いをどこかに持ち、実際には、失望、望みを失っていくことの繰り返しで、そしてその中で何とか立て直しをして、あるいは立て直せなくとも、なんとか目先を変えて、あるいは変えられなくとも、みな進んで行っているのかもしれない。
その、なんだかある意味当たり前のことに、書く必要もないような当たり前のことに、なんだか勝手に励まされたような気がしてしまった。

しかしそうだとしても、こんなときにこういう本を読んでいる自分は、どうしようもない失敗者なのだと思う。
何かしらの成功を収めた人間と、自分のような失敗者は、決定的に異なるというのに、わざわざこんなときにお金を出して買ってまでして、自分を慰めようとしている。成功なんていっときのことで、これからどう書いていくことと向き合って進んで行くかだ、などと自分に言ってやりたいのだ。このダサイ人は言い聞かせるつもりなのだ。
プロの作家になって、最低一発は当ててから、その後消えたり、ずっと低調だったり不調だったりする人間と、作家になることさえできず、そこで終わってしまった人間とは、決定的に違うというのに、たかだがマグレとお義理で一冊出ただけで終わった自分の書き手人生を、その程度のことを、あえて成し遂げた成功と読み替えて、何か自分に対する慰めと、よく頑張ったじゃないか、(とひとは誰も言ってくれないので)自分で自分に言おうとするこころがあるという、本当にカッコ悪いことを、それでもしてしまうという。止めることができないという。失敗者の典型であり、心の中で、オレは自分の本を出したことがあるんだ、と思って、いっとき、いやたびたび、内心周りの人間を下に見たりなどして、きっとわたしはちっさい心の平安を得ようとするのだ。何度でも得ようとするのだ。
成功した人間でさえも、みんなそうなんだよ、そういう思いをしているんだよ、と勝手に共感し、彼ら成功者(サブカルのスター)の口から、本当は自分が言いたい、今の自分にかけてほしい言葉を、探している。
明日から別の仕事に就かなければならないというのに、未練たらしくそんなことをしている。

成功者でないわたしの話など、誰も聞いてはくれない。

出版社からの帰り道、飯田橋の駅前でひとりたたずんでいたわたしの気持ちなど、わたし以外には誰にもわからない、そのときどんなふうに景色が見えていたか、わたし以外誰も知らない。
Nさんと別れ、神楽坂を下って行き、飯田橋の駅前まで達して、わたしはもうどこにも行くことができず、電車に乗ってひとり家に帰るしかなく、情けないことに友人に、迷惑だとわかっているのに電話を掛けてしまった。しかし電話に出た友人には、
「なに人が働いているときに電話を掛けてきてるんだ、いま会議中なので後にしてくれるか」と言われてしまった。
わたしが物を書く仕事をもうつづけられない、諦めなければならないということは、わたし以外の人間にとってみればどうでもいいことで、そんなことはわたしにもわかっている。それが常識というものだ。それなのに電話を掛けてしまった。
しかし励まされたところで、言ってほしい言葉を言ってもらったところで、何か満たされたのだろうか。きっと満たされはしなかった。結局はどうにもならなく、どうにもならないことがわかっているのに、それをわざわざ確認してしまう。確認せざるを得なくなる。しかしその、飯田橋の駅前でひとり立っていたあの感じ、自分はいまここに、いまひとり自分として存在しているというあの実感。

しかしまたしばらくすると、失敗者の自分は、甘い夢を描いてしまう。たいしたことのないことで、自分を慰め、バカな夢を見て、それが実現したらと思ってしまう。

誰も話を聞いてくれない。
つまらない人生を生きているものの話など、誰も聞いてはくれない。打ち明け話をしても、誰も耳を傾けてはくれない。本人は耳を傾けているつもりでも、やっぱり人は話を聞いていない。わたし自身がそうなのだ。だから他人にも求めない。ただ、聞いた振りをしている、わかった振りをしている。わかりきれない罪悪感で、やさしくしたり、お金を払ったりしている。
本当のところは、誰にもわかられない。誰にも通じない。

それでも、誰かに話を聞いて欲しい。
誰にも見られず、誰にも言うこともできず、自分の中に抱えていたことを。
だからこそ書いているような気がする。
しかし、書く資格を失ってしまった。二度ともう、手に入らないかも知れない。

 

2012.08.08 Wednesday

 

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