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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

童貞、東京に現る(6)

 夜、電話が鳴らない。僕から掛けようかとも思うのだが、なんだか掛けづらい。僕から掛けても、いつものように繋がらないかもしれない。家族に詮索されたくないからといい、普段彼女は外などから電話を掛けてくる。


 夜中になって、彼女から電話があった。僕は嫌な予感がしてしょうがなかったが、家族に詮索されないように、皆が寝静まるまで掛けなかったのだ、と僕にしてはできる限りポジティブに考えてることにして電話にでた。

 
 でると、何か彼女の様子がおかしい。僕がもしもしと呼びかけても応えず、なんだかずっと黙っている。これはやっぱり別れを切り出されるのかと思うと(ただ電話で話をするだけの間柄なのだが)、「だましてないよね」と静かな声で僕にいきなり言ってくる。何のことだか僕にはさっぱりわからない。

 

 その後も、彼女は呼びかけても何か考えごとでもしているのかあまりちゃんと応えない。僕はこういうときどうしていいのかわからないので黙っていると、しばらく経って彼女はやっと話し始めた。


 聞くと、実は昨日電話をかける前に彼女の幼なじみと会って、夕食を食べながら僕の話を初めてしたそうである。だが、彼女の幼なじみは、きっとあんたは騙されてるんだよ、そんな男と電話で話すのなんか止めたほうがいいよ、ミクシのあんたのページに、そいつはブロック設定したほうがいいよ。ニュースとかでもやってるでしょ、あんた見てないの、お金とか貢がされて、下手したら山に埋められちゃうんだよ。広島でしょ、一度も会ったこともないんでしょ、あんた本当にバカすぎるよ。そんなネットで女に積極的にアプローチしてくる奴なんて絶対止めたほうがいいよ。相手の顔も知らないなんてどうかしてるよ。などと真剣に言われ、直ぐに関わりあうのを止めるよう説得されたそうである。


 まったく彼女の幼なじみの言う通りである。そのうえ僕は、この歳にもなって女を知らない童貞であるし、もしかしたら性病持ちで、性病でなくとも、少なくとも間違いないのはふくろにイボがある。


 しかし、僕から積極的にアプローチしたというのは、僕は彼女に対して無関心ではないが、僕はオクテなのだから、積極的にアプローチというのはありえない。彼女に声をかけて貰えるようにと、周りをもの欲しそうにウロチョロしたのかもしれない(といっても、それもソーシャルネット内という仮想の世界でのことだが)。

 でも、おそらくはその程度である。それにどちらかというと貢いでいるのは、彼女一人の為だけに、月々数千円の携帯電話料金を払わされている僕であるし、その携帯電話に加入させたのも彼女である。


 しかし、それらのことをいちいち彼女に指摘しているような雰囲気ではないし、女性相手にそんなことを言ったところでどうにもならないということは、童貞の僕にさえわかっているはなしだ。


 昨夜は友人にそんなことを言われてショックだったので、彼女はミクシにログインしている僕に気づき、僕はそんな悪い奴ではないと、僕に電話をかけてきたのであるが、なぜか僕はよそよそしく、早く電話を切りたがっており、最後には怒って電話を切ってしまった。


 そして今日も、僕に電話をかける前に心配した幼なじみから電話があり、すぐに僕との付き合いを止めるようにともう一度説得されたそうである。
 はてさてどこから弁解したものか。ここまでこじれてしまうと、もうどうにもこうにも話さざるを得ない状況なのであるが、なんと言い出していいのか迷っていると、なんで黙ってるの、と言って彼女は僕を責めてくる。


 仕方ないのでもう僕はやぶれかぶれになり、昨日、掃除中に精液つきティッシュを掴んでしまい、エイズの可能性がゼロではないことに少し悩んでいることを告白した。


 すると彼女は一瞬黙って、「そんなことでなるわけないでしょう」とちょっと怒ったような声になり、「ほんとにバカね」と言い、「救いようのないマイナスシンキングね・・・」と言いながらちょっと笑った。


「でも手指に傷があったからネットでお医者さんに相談したら、限りなくゼロに近いけどゼロではありませんね」といわれたんだと言うと、「じゃあ大丈夫じゃない。歩道を歩いてて、突然車が突っ込んできて事故にあう可能性も、限りなくゼロに近いけどゼロではないよ」と言われ、それはつまりゼロだよ、と言われた。


 そう言われると、僕はやはりどうしようもないバカなのか、バカで童貞でイボ持ちなのか、という気がしてきた。


 まあそれでも、これでどうやら誤解が解けて、彼女からまた電話をかけて貰えそうだ、と僕が胸を撫で下ろしていると、「でも、そんなことで落ち込んでたの、何か元気ないねえ」と彼女は言う。

 

「そんなことないよ、ちょっとそのときはへこんだりもしたけど、今はもう落ち込んでないよ」と僕は言ったが、「そっか、ならいいんだけど、何か声の感じが違うよ、何か今日も切りたがってない?」と彼女は言い出し、「いや、違う、そんなことはないよ」と僕が言っても、「でも、やっぱり何か隠してるでしょ」とまた彼女は言う。


 尖圭コンジローマのことをどう誤魔化そうか。なんで女はこういうことがわかるのだろう。
「何か問題があるの」
「い、いや何もないよ、ホントに」
「なに、絶対なにか隠してるでしょ。やっぱりわたしのこと騙してたの」
 もう絶対に吐くまでは追求をやめない心づもりのようだ。もうどうしていいかわからない。


 僕はもうやぶれかぶれになり、実はいつからかアソコにイボがあることを言い、昔イボで苦しんで治療は痛いから、行くのに躊躇していて、でもアソコにイボがあるのはまずいらしくて、やはり行くべきか悩んでいると、女性に話すのは微妙なことを僕にしてはぶっつけ本番で案外ちゃんと言えたので、本当に僕なのか、と思ったのだが、彼女は今度は笑ってくれない。


 そしてしばらく黙ったあとで、「行かなきゃね、病院」と言うのだ。
「でも、あぶないイボは短期間でたくさんできるらしいし、僕のはもう数年経ってもひとつだから、全然問題ない、いや、もうイボとさえもいえないよ、イボ的な何かだよ」と僕は精一杯言ったのだが、「行かなきゃね、明日」と彼女は繰り返すのだ。
「いきなり明日なの、準備がいるよ」
「何の準備、悩んでてもしょうがないだけでしょ。明日はバイトもお休みじゃない」


 情けないことに、僕はバイトのスケジュールまで会ったこともない女に把握されている。そしてこれはなんなのだ、さらに情けないことには、僕はただ、会ったこともない電話相手を失わないためだけに、病院に自分の性器を見せにいかなくてはならなくなったのだった。

 

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