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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

童貞、東京に現る(5)

習作

 電話を買わされたことといい、今の電話といい。そもそも一度も会ったこともないというのに、勝手に僕の日記にコメントをつけ、そのうちたびたび僕のページに訪れるようになり、実際には会ったこともないのに(僕は東京になど言ったことがないのだからあたりまえだ)日記が更新されるとお互いに連絡が入るようなマイミクシというものにさせ、僕のパソコンのメールアドレスを聞き出し、挙句の果てにはお互いが離れているし働いているから連絡を取りやすいようにと、携帯の電話まで持たされてしまったのだ。


 何かの詐欺なのだろうか。しかし、僕は光熱費の支払いにさえも苦労するようなアルバイトなのだから、詐欺ならもっと金持ちの男にすればいい、日記にはたくさんの男からコメントがついているから、他の男にもこんなことをしているのかもしれない。

 とここまで考えながら、僕はしまったと思った。さっさとミクシからログアウトして、寝てしまえばよかったのだ。東京と広島とに離れているのに、どうして僕の行動は把握されているのだ。僕はこの進んだ通信社会が憎い。少なくとも寝てしまった振りをすればよかったのだ。


 ログアウトしようとすると、またテーブル上で激しく携帯が震えはじめた。その音にまた僕はびっくりしてしまった。僕はいつも考えてばかりでいっこうに行動を起こさないからいけないのだ。しかし、こんなに自覚しているのになぜかなかなか治らない。
「またウジウジしてた?」となんだか彼女はこの部屋にカメラでも仕掛けているかのようなことを言う。


「ねえ、聞いてる」
「き、聞いてるよ」
「何か悩み事があるでしょ。隠してもそういうことはわかるよ」
 何をわかったようなことを、と僕は思ったが、あたっている。
「どうせまた無意味なことで悩んでるんでしょ」と笑う。
 そんなふうに彼女に言われると、たとえあたっていたとしても少し腹が立ってくる。僕が悪いわけでもないのに、なぜ僕はこんな目に遭わなければならないのか。自分では予測できないことが起こって、いつも思い通りにいかない。いつもねじれてしまう。戻ってやり直すこともできない。あのときああしてれば、といつも思う。この僕はいつも成れの果てだ。
「ねえ、聞いているの?」
 何か言うべきだが、何に悩んでいるのか、彼女に本当のことを言うわけにもいかず(僕は性病かもしれません、ふくろにイボがあるのです、と言うのか)、じっと黙っていたら、何か水をちゃぷちゃぷとかき混ぜたりするような音が聞こえてきて、僕はなぜか余計に腹が立った。
「なにしてるの?」
「手を湯船につけてるの。だって何も話さないじゃない」
 僕を追い詰めておいて、どう答えるのか迷っているというのに、電話しながら風呂に入っているのか。
「お風呂に入ってるの」
「何、いやらしい、手をつけてるだけよ。ここだと家族に詮索されないから」
 僕が黙ってしまうと、向こうからは、相変わらずちゃぷちゃぷいう音が聞こえてくる。僕はなぜ東京の湯船がかき回される音を何千キロも離れたところで聞いていなければならないのか。
「僕にだっていちいち詮索されたくないこともある」と僕が言うと、「なに、トゲトゲして、変にごまかさずにはじめからそう言えばいいじゃない」と言う。むかっときたが、まったく彼女の言うとおりだ。
 でもむかっとは来たから、「ごめん、今日はもう切るよ、本当に悪いけど」と、何でそこまで下手にでるのかは自分でもわからないが、僕は謝りながら電話を切った。

 次の日、バイトの帰り道に携帯を見ると、メールが入っていた。この携帯にメールを入れるのは一人しかいない。話があるので夜電話をします、と何だか不穏なことが書いてある。話とはなんだろう。僕はもう逃げ出したい。しかし、どこに逃げても携帯電話を持たされているのだから電波が追ってくる。電話が鳴ってそのままにしておいたら、出なかった、ということになる。僕は自分でもよくわからないが、内心どこか彼女をおそれている。


 話とは、もうお互いに連絡を取り合うのはやめましょう、ということだろうか。再び僕はイボになるのか。イボだらけになる自分の姿が思い浮かんだ。

 

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