薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

童貞、東京に現る(4)

 マイミクシの日記や参加しているコミュニティへの書き込みを読んで、自分のページに戻ってくると、新着メッセージが一件あります、と表示されていた。


 マイミクシの一人、ヒロ子さんだった。ページのアドレスだけが貼り付けてあり、リンク先をたどると、雨ガッパ着たゆるキャラの着ぐるみが、激しい風雨に吹き飛ばされそうになっている画像であった。なんのつもりなのかまったくわからない。


 彼女の日記には、その日あったらしきことが書いてあったはずだが、どういう意味なのだろうか。僕はもう一度彼女のページにアクセスし、再び彼女の日記を見た。日記への感想がコメント欄にたくさんついている。返事だけでも一苦労だ、と思っていると、突然なにかが激しく振動する音が聞こえ出して、僕はその音に驚いてからだがビクンとなってしまった。携帯電話がテーブルの上で震えている。電話が掛かるといつもこんな目に遭う。僕は携帯電話をまったく使いこなせていない。

 手に取って見ると、ヒロ子さんからの電話だと表示されている。いつもはメールが主であるのに、こんなおそくに電話とは。僕は通話ボタンを押して、携帯を耳にあてた。

 

「もしもし?」
「まだ起きてるの、もうおそい時間だよ」
 自分からへんな画像を送りつけたうえに、そんなおそくに電話をしてきて僕をビビらせたうえ、そんなことを言っている。

 電話の向こうから、バイクか車が、少し離れたところを通り過ぎていくような音が聞こえた。


「いまどこにいるの」と僕が訊くと、返事のように金属がきしむような音が聞こえ、よっこいしょ、という声が聞こえた。
「近所の公園。ブランコに乗っているよ」と彼女は言う。
「あぶないよ夜おそくに。公園で電話なんて」
「起きてんだしいいじゃないちょっとぐらい。専用電話と言っていいんだから」
 僕はこの電話を持つまでは、携帯を持っていなかった。どんな場所でも呼び出されて、束縛されるのは嫌だ。僕は友達も少ない。密に連絡を取るにも離れている。もちろん僕には彼女はいない。電話を携帯している意味などない。
「でも、外はあぶないよ」
 それなのに、東京と広島では電話代がバカにならないとか、連絡が取り難いだとか、同じ会社のだと月々安い料金で話したい放題だとか、いろいろ言われて丸め込まれ、彼女からしかかかってこない電話機を持たされてしまったのだ。しかも僕からかけても、電波がつながらず、電源も切られていることがほとんどだ。
「東京はこの時間でも人通りは多いから大丈夫だよ。もしもし、ねえ聞いてる」
「通ってる人があぶないんじゃないの」
「なんだかすごいイメージだね。大丈夫だよ」
「お父さんやお母さんは何も言わなかったの」
 とそう僕が言うと、ちょっと笑ったような感じが伝わってきて、「こっそり出てきた」と彼女は言った。
「あぶないから帰りなよ。朝から仕事でしょ」
「うん、すぐ切るから。で、今日何してたの」と彼女は言う。


 僕は答えに窮してしまった。
「いつも通りだよ。今日は昼勤だったから五時にあがって、町をぶらぶ―」
「そう、なんかあやしい。うわのそらで、切りたがってるね。それなら切るね」
「別に切りたいわけじゃあ」と僕が言うと、彼女は、「じゃあなぁに、やっぱりなにかへんだ」とだけ言って、そのまま黙り、僕に何か言わせようとする。
「それよりなに、あの画像は」
「ふふ。風に飛ばされそうになってるんだよ、雨ガッパ着て!」
「たぶん、中ではろくに呼吸もできなくて汗だくだよ」
「中? ああいう生き物だよ。中の人などいないよ。ふふ、してたの?」
「え、なにを」
「中の人を」
「してないよ」
「ふふ」と彼女は笑った。


 どうやらなんとか話をそらせた、と僕が思っていると、「で、何かあったのかな。お姉さんに正直に言ってみれば」と言い、やっぱり詮索をやめようとしない。
「会社勤めしているいい大人が、着ぐるみ好きで怪獣好きとは」と僕が言うと、「え、ケムール人最高だよ、今度画像送るね」と言ったうえ、「じゃあもう切るね、もう家の前に来たから」といつのまにか移動していたらしく、なんだかもうすべて彼女のペースだ。でもなんとかごまかせた、と僕が思っていると、「またちょっと後からかけるね」と言って電話を切られてしまった。

 

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