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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

童貞、東京に現る(2)


 僕はパソコンを起動して、エイズについて検索をした。僕が調べたところによると、僕のようなケースでは、あの液の持ち主がたとえエイズであったとしても、僕がエイズになるのは万に一つぐらいの可能性だという。
 少しは安心した。ただ、僕のような人間は、万に一つのその一つが、常に自分に降りかかるのではないだろうかと常に思っているような人間なので、どうしても落ち着かず、検索の過程で見つけた、泌尿器科の丸山病院のサイトの掲示板に、エイズになりますか、と心配君という名で相談の書き込みをしてみた。


 丸山医師の回答は、限りなくゼロに近いですけどゼロとは言えませんね、というものだった。わざわざ丁寧に答えてくれたことには感謝しなければならないけど、ゼロに近いがゼロではないということは、宝くじにあたる可能性ぐらいはあるということで、現に宝くじに当たっている人は毎年たくさんいる。僕は不運の宝くじを引き当てる自信の方だけはなぜかある。いや、もう当たっているのかも知れない。その可能性はゼロではないのだ。


 少しどこかで、気になってしまう。考えないようにしようと思えば思うほど、考えてしまう。もうどうにかして気を紛らわすことが必要だ。僕は、これも検索の過程で見つけた、いろいろな性病について書かれたページを見ることにした。
 童貞の僕には関係のない、他人事の性病のページ。万に一つの可能性はあるが、万に一つは一つなんだ。僕はこんな、いま確実に悲惨な状態ではない。
 だが、僕の何が悪かったのか、なんと、尖圭コンジローマというものの特徴に、僕自身がぴったりと当てはまってしまっている。


 そんなバカな、そんなわけないよ、と思ったが、尖圭コンジローマのところを何度も読み直していると、なんだかどんどんと落ち着かない気持ちになってくる。僕は僕しかいないはずの部屋を見回してしまった。


 尖圭コンジローマとは、ウィルスによって性器にイボができる感染症であるらしい。
 実は僕は、性器にイボがある。ふくろに一つイボがある。僕は普段それを、見ないように、考えないようにしている。イボはどれもうつるものなのか。顔に大きなイボがある人がいると、僕は腰がひける。


 高校のとき、僕は指を怪我した。しばらくするとその場所が不自然な感じに盛り上がり、カリフラワーみたいな歪なカタチになった。手と顔を中心として、イボができ始め、からだじゅうイボだらけになった。僕は好きな女の子がいたのだが、あいつもうイボだよね、とクラスの女子たちが陰で囁いているのを知ったとき、その中心が、僕の前ではやさしい彼女であることも知った。


 僕は病院で、指先に激痛をともなう注射を打った。液体窒素でイボを凍らせ焼き切った。しかし、そのたびごとに、また別の場所にイボが生まれた。僕はやはり僕そのものがイボではないかという気がした。


 なんとか数年の治療の結果、イボが他人からは気づかれないほどになった頃、あなたとつきあってあげてもいいのよ、というらしきことを、それとなく仄めかす女の子があらわれた。彼女は夜の公園に僕を連れて行き、ベンチに腰を下ろすと、からだを近づけ、僕の膝に手を置いて話をした。僕は指先のイボが、内側から痛みだすようだった。何もしてこない僕を、彼女は映画や公園に幾度か誘ったが、そのうち誘わなくもなり、話しかけてもこなくなった。


 やがて、イボは治ったと言われたが、それ以後知り合った相手に、僕は何がして欲しく、何がしたかったのか。相手を拒まないような、気があるような態度を取りながら、いつも自分からは何もしない。僕がもの欲しそうに相手を見ると、無言で彼女は言うのだった。


 さわっていいのよ。こんなチャンスは二度とないのよ。手のひとつでも握るといいわ。口づけすればいいのよ。あたしの裸を見たいのね。いいかたちでしょ。触れてみるといいわ。やわらかいよ。きもちいいよ。揉んでみるといいのよ。
 僕はからだが強張ったようになる。自分からそういう関係を持ちかけて、何もされなかった時の女というのは、これ以上ないほど惨めな顔をして、その後、僕に言うのだ。
 あたしそんなつもりじゃないけど。なに勘違いしてるの、証拠がどこにあるの、頭おかしいんじゃない。あたしを女にして深く傷つけたのよ。あたしのせいじゃないわ。あたしは何も悪くない。


 僕は同じ職場で働くある女性にせまり、つきまとっていることになり、誰も僕をまともには相手にしなくなり、働き先は辞めなければならなくなった。

 

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