薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

『巨乳とパンティーレモン』 宇宙人オレんちに現る

こわい。土星が追いかけてくる。木星がこちらをじっと見つめている。
やつらは、きっとそのとてつもなく巨大な重力で、わたしをあらたな衛星にするつもりにちがいない。
や、やられる。 暗い夜道で、男の前を歩いている女が、突然走り出すように、わたしは逃げ出した。いずこへ。土星木星はぐるんぐるん回りながら、どんどんと距離を縮めてくる。どこか笑っているような気さえする。いやぁあああ、助けてぇ犯されー

目が覚めると、とても汗をかいていた。
やっと眠れたというのに、なんて夢を見たことだろう。寝たはずなのに、からだが重い。

ため息をつきながら、ふと気配がしたので横を見ると、わたしのベットの傍らに、黒ブチの眼鏡をかけた女と、真っ赤な星形の大きな物体がいた。

なんだこれは。いつもの変わり栄えのしないわたしの部屋なのだが、何か妙だ。とても奇妙な感じがする。
わたしの方を見て、黒ブチ眼鏡の女は、「おはよう。同志パンティーレモン」と言った。わたしが後ろを振り返ると、「お前だよ」と言って後頭部を強く叩かれた。

驚いて向き直ると、メガネ女と真っ赤な星形の物体は向き合っていて、こちらの方を向いていない。他人の頭を叩いておいて、なんのつもりだろう。痩せてるくせにボインだ。

ボインと赤い星形の物体は、黙って向き合ったままである。部屋を見渡したが、やはりいつもの部屋だ。何か妙だ。とても奇妙な感じがする。
やがてボインと赤い星形は、こちらに同時に向き直った。赤い星形の真ん中には一つ目がついていて、まばたきもせずじっとこちらを見つめている。瞼があるのかもわからない。スーツでメガネでボインの女は、こちらの方を見て言った。
「同志パンティーレモン。客人パイラは、東京観光がしたいと仰っています」

 この部屋には、わたしと、いま、わたしの方を見ているメガネの女と、なんなのかもわからない、赤い星形の物体しかいない。念のため見回してみたがやはりいない。いつもと変わらぬわたしの部屋だ。
女はやはりわたしの方を見つめている。もう一度念のためさっとふり返ってみたが誰もいない。さっと向き直ると、なんと女はまたわたしを叩こうとしていた。あげた手の持っていきどころを無くした女は、手を下ろした。わたしはなんとか聞くことが出来た。
「東京に行くんですか」
「そのようになりますね」
「広島に住んでいる僕が、なぜ東京に」
「なんと言ったらいいんでしょう。それはつまりあなたが案内係だからですよ」
「案内係」
「あなたは最近無職になられましたね。ご都合がつくだろうということで、選ばせていただきました。就職おめでとうございます」

なにも、これといったことは起こらず平穏無事に、退屈という意味もわからないほど退屈に生きてきたこれまでの毎日だけど、これはどうしたことだろう。ある一定の年齢になれば、仕事に就かなければならず、仕事こそ、その人を表す顔であるような世の中だけど、なんと変てこな仕事に就かされたものだと、わたしは思った。しかし、「あの、待遇はどうなっているんでしょう」と同時に聞いているわたしがいた。 ブラック企業人生の人間としては、仕事の内容などとやかく言っている立場ではなく、あくまで待遇が問題だ。
「三食昼寝つきです。自由時間もあります。ようするに、わたくしたちと一緒に東京観光をしていただければ結構です」と女はすぐさまこたえた。

わたしは、女の横にいる、赤い星形の物体を見た。じっとこちらを見つめている。見るからに、人間ではない。着ぐるみか、まさか宇宙人か。

どこ、それ、と言われるような大学にまで行かせて貰ったわたしだけど。地方都市によくある、何とか経済とか、何とか商科とか、何とか国際なんて名前が付いている、中小企業のソルジャーにさせるための、五流大学出身のわたしだけど。

一度失業したら、どこにも相手にされず、履歴書を送って、合否の連絡さえもされないわたしだけど。中小企業の尺度では当てはまらずに、なんとも思いもしない尺度に当てはまってしまった。
「あの、よろしいでしょうか」
女に声をかけられ我に返った。
「お受け下さいますか」
なぜか、わたしは首をたてに振っていた。それではと、女は握手を求めてきた。やはりわたしの方を向いている。もう一度ふり返ろうとしたが、また叩かれそうな気配がしたので止めておいた。

捺印とか、契約書に記入とか、必要はないのでしょうか、と聞くと、ご心配なく、と言う。着替えや用意をしなければとわたしは思うのだが、女と星形の宇宙人はそこに当然のように立っている。歯や顔を洗いはじめても、洗面所から様子を窺ったのだがそのままそこにつっ立っていた。横で、服を着替えはじめ てもそのままそこに立っていた。気を利かせて、外で待っていてくれるつもりはないらしい。

最近わたしは体調が悪く、朝は気分も沈み、からだも重い。だが、なぜかいまだけは、まるで別のわたしがからだを動かしているかのようで、そんな日頃の状態に落ち込んでしまわない自分が、不思議だった。

用意が整うと、女は、それでは行きましょうか、と言い、そのまま玄関から出て行こうとする。

「あの、どうやって東京に行くのでしょうか」とあわててわたしが呼び止めると、女はこちらに向き直り、首を傾げた。
「UFOとか、ワープとかしたほうがいいのではないですか」
女は、なに言っているのこのひと、というような顔をした。わたしはおかしなことを言っているのだろうか。

「飛行機で行くつもりですが」と言って、平然としている。わたしは宇宙人を見た。赤い星形の姿のままで飛行機に乗るつもりなのだろうか。他の人のことはどうするのだ。こんなものが外に現れて、しかも歩いていて、騒ぎは起きないのか。広島の人間はどこかネジが抜けているので、宇宙人が歩いていても、原爆ドームを見に来たのかしら、と思うぐらいだが、まさか東京にもこのまま行くつもりなのか。

「お気遣い無く。行きましょう」と女は言う。「それから、他に人がいるときには、あまり宇宙人宇宙人と言わないようにしてくださいね」とも女は言い、宇宙人と共に玄関から外に出て行くので、わたしはあとを追うしかなかった。