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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

歯車でさえありません どうしてボクには仕事がないんだろう(1)

「ボクは社会や組織の歯車にはなりたくないんですよ」なんてことを言うヤツがいたら、長い棒切れを振り回してどこまでも追いかけ回してやりたい。

 この若造が、未成年が、何を言いやがる、という気持ちになる。うん年前、大学を卒業した頃の自分もまさにそんな若造で、できることならタイムマシーンにでも乗って追いかけまわしに行きたい。

 歯車というのは、機械を動かすための部品である。それが使えなくなったら機械そのものが止まってしまう部品で、同じ性能と品質のものに交換しなければ、その機械は以前と同じような動作はできず、交換するまで機械そのものが機能しなくなる。

 歯車さんとは、そういう優れた全体の一部分であり、重要な部品なのである。

 だいたい、いまの世の中では歯車にさえなれやしない。ぐるんぐるん回って、周囲としっかり噛みあって、世の中すべてと連動している感じを、わたしは一度も味わったことがない。


 電話応対を終え、意味もなくあたりを見渡しながら考えていたら、ふと、そんなことを思ってしまったのだ。
 わたしの前後左右で、何人もの人間が頭にヘッドセットをはめて、掛かってきた電話と話をしている。

 話をしている相手は、インターネットサービスプロバイダーの、コールセンターへのフリーダイヤルに電話を掛けてきたお客様で、全国のいたる場所から途切れなく電話がつながりつづけている。


 ひとりひとりのオペレーターに対して、データ閲覧用と投入用にそれぞれ一台ずつのパソコンがあてがわれ、電話で話しながら、その間にパソコンを操作し、応対からデータ投入完了まで、一件平均二十分以内で仕事を終了させることが求められている。

 ひとりひとりのオペレーターの応対状況は、リアルタイムですべて監視できるようになっていて、応対が長引いていたり、データーの投入に時間がかかっていたり、トイレに行ったりする時間が長かったりすると、二十人ほどのオペレーターを管理する、SVと呼ばれるスーパーバイザー(派遣で入ったオペレーターの中から認められたものが、派遣の待遇のままでなる)に呼び出されて、申し開きをすることを求められ、申し開きをしても、やっぱり注意される。

 そして、それでも応対時間と応対件数のノルマをこなせないと、オペレーターは全員派遣社員なので、契約を結んでもらえない。つまりクビになるということになっているのだ。


 ここには、その一人のオペレーター分の、電話と二台のパソコンをワンセットとして作られた席が、ボードで仕切られた長机に、表と裏に十席ずつ、合計二十席並んでいる。椅子から腰を上げてコールセンター全体を見渡すと、その長机がさらに等間隔に並んでいっているのが見え、それがセンター全体で十列以上はある。

 巨大な高層ビルのワンフロアー全部をぶちぬいて、そのように並んだ端末席に、二百以上の人間がついて、ずっと電話応対を行っている。

 

 その様子はなんだか壮観で、ビルの一面がすべてガラス張りになっていて、そこから建物が無数に立ち並ぶ町の様子が見下ろすように見えたのともあいまって、やっと深夜のコンビニ店員から抜け出せる、これから頑張って正社員にもなるんだ、とわたしは思ったのだ。

 それは、研修を終えた後、ここ、つまりプロバイダーのコールセンターで働くことが正式に決まって、派遣会社の担当者に連れてこられたときにそう思ったのだが、目に見えているものに騙されたというか、想像力がなかったというか、やっぱりこのときもわたしは今の世の中というものを知らない若造だった、ということなのだ。

 プロバイダーによって違いはあるが、電話線や、光ファイバーや、ケーブルテレビなどの回線が、ネットワークとして全国の隅々に何千万と張り巡らされていて、その回線や、管理をするプログラムや、ネットワークの中継や集積をするコンピューターというものが、いわゆる今の時代の歯車なのだ。

 それらの状態を目で見て把握することはできないが、実際に日々インターネットは使われているし、ユーザーからの電話は止むことなく掛かってくるしで、おそらく動きつづけていることは確かなのだった。


 で、コールセンター、正式には「カスタマーサポートセンター」のオペレーターであるわたしが、日々何をしているのかといえば、その巨大なシステムで迷ってしまった人とか、上手く乗り出せなかった人とか、運悪く不利益をこうむってしまった人とか、そういう人から掛かってくる電話を取りつづけ、応対しつづけるという仕事なのだ。

 いまも電話がずっと掛かりつづけていて、何でこんなに電話が掛かりつづけているんだ、という気がする。

  そもそも電話などしなくて済むように設計され、パンフレットや説明書、あるいはあらかじめインストールされたプログラムや、自動接続する機器とかが、ユーザーがそういう状態にならないようサポートをしているはずなのだが・・・・・・

 どうしても設定などをしたくないというのなら、別途料金は必要となるが、業者がすべて設定をするサービスもある。

 それでも電話が入りつづけて、ここにいるすべての人間が、ずっと応対をしつづけている。

 

 日本全国に、回線は何千万と張り巡らされ、もうプロバイダーは競争の結果、合併などが進み大手数社の独占状態となっているので、一社だけでもユーザーの数は何百万人といて、何百万人もいれば一パーセントでも数万になるわけで、だから延々と電話は鳴り止まない。

 さらに、迷ったり、上手くいかなかったり、不利益をこうむったりした人というのは、不安であったり苛立っていたり怒っていたりするので、そういう状態の人をお客様として応対するのは、毎回こころのどこかが削られていくようで、長くつづけてはいけそうにない。

 だからこそ、オペレーターは派遣社員にしているのか、非常によく考えてある。

 オペレーターのわたしをあえて部品にたとえると、処理しきれなかった電流が流れるヒューズのようなもので、もうはじめから壊れて取り換えることを想定されている部品だ、という結論を得たのだった。

 

どうしてボクには仕事がないんだろう―もう笑っちゃうしかない下流生活

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