薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

ビッチースーツと苦虫女

ブログを見た友人(わたしに『わが闘争』を読むように薦める千葉在住の人で、わたしのお尻の穴が原因不明の痒みに襲われた時に見せようとした人)から、 『ハンサムスーツ』と『百万円と苦虫女』を観てどうだったのだ、と訊かれる。それをブログに書いてないじゃないか、と言われる。

ハンサムスーツは、スポンサーの「洋服の青山」のシーンでは声を出して笑ってしまった。また、「王様のブランチ」の司会の俳優さん(谷原章介)は、自分の売りをよくわかっていて(プロの俳優なのだから当然だが、そういうアドバイスをくれる人、マネージャや事務所があるのが羨ましい)、まるで谷原章介の為に書かれたような作品だ、と思ったのだが、もっとキレた、もっと本当にアブナイ役とかをあの人はやってみてもいいのじゃないか、と思った、とわたしは言った(しかし、『ハンサムスーツ』は谷原章介にとっては自己否定、自己批評の物語でもあるので、今後谷原はどうして行くのかにも興味あり)。


ただ、ブ男が変身スーツで美男子になる話だが、そんなに世の男はハンサムになりたいものだろうか、とわたしは思った。
例えば、どうせ変身できるのならわたしは美人になりたい。女になりたい。


日頃、ウォシュレットのトイレを使う機会があったときには、いつもビデのボタンを押して、女子のポジションはオレのからだでいうところのここか、この位置か、と水圧でわざわざ確認したりもするほど、自分が女に生まれ変わったらという仮想演習を忘れたことのないわたしなので、神様も一度ぐらい女にしてくれてもいいのではないかと思うほどで、朝目が覚めたら深津絵里になっていたらどうしよう、そう考えただけでおらワクワクしてくるぞ、何してやろうかな、と最終的には思った、と言ったら、頭がおかしい、と言われた。


いや、深津絵里から見た世界はどうなっているのか、永久にオレからはわからないんだよ、と言ったら、何を言いたいのかわからない、という顔をする。
いや仮想世界でもいいから、自分のからだを動かすように深津絵里のからだが動かせるとしたら凄いでしょ。
頑張れプログラマーだよ、それはもう直ぐそこじゃないか。映画『アバター』ってそんな映画でしょ、まだ観てないけど。3Dの映画だったら出来るのでは。あとは深津絵里さん次第じゃないか、と一人興奮していたら、友人には潮干狩りができるほどひいた顔をされた。
くやしいのでわたしが小説で書いてやろうかと思った。


しかし、深津絵里に対する人権侵害にあたるのかな、でも、実体の深津絵里さんではなくて、テレビや映画に出ている深津絵里さんの「アバター」に、「薫」がへんなイメージコードを書き加えるだけなので(書き加えるのではないけど、「ナンシー関」と呼ばれたウィザード級の日本語ハッカーがいましたな)、セーフで表現の自由だとも思うのだが、深津絵里さんの「アバター」で金儲けをしている事務所と、それで生活費を稼いで、お米や服を買っている深津絵里さん本体に営業妨害で訴えられるのかな、などと一人妄想していると、『苦虫女』はどうだった、とわたしは訊かれた。


いや、蒼井優はとてもかわいかったんだけど、ある事情があって、百万円貯まったら、別の場所に移って暮らす女の子の話だったんだけど、蒼井優なんで、どこでも行った先々で男に言い寄られるわけですよ、で、それから蒼井優が逃げるわけですよ。


もうね、何か、「イヤ、チンコ挿されたくない」って逃げ回ってる映画にわたしには観えて来まして。
特にあの誰だっけ、あの「電気グルーブ」の石野卓球じゃあない方の人、えっとフランス人の名前みたいな人がやってる役がね、ファブリーズの人がいい人なんですよ、でもチンコ挿されたくない、って逃げるんですよ、それで最後にイケメンとはあっさりとしちゃうんですよ、まあ、ってぐらいブスリとやられちゃうんですよ。


で、結局本当にふたりが向き合わなくちゃあならなくなったときに、関係が終わっちゃうんですね、というか、関係が始まりもしないというか。 大人になるって、わたしはこの人にチンコ挿されるわ(挿させるわ)、って決意して関係を深めていくことなのかな、女子にとって、と思ったりもしました。 で、そういう男女がいなくね、と監督さんは描きたかったのかと、思ったりもしました。


まあそれは置いとくとして、オレは深津絵里になって、四十七都道府県で男に言い寄られたいね、言い寄られる深津絵里。ぞっとするぐらいわたしのからだを見てるわ、とか思いながら、でも中はオレみたいな、そいう『アバター』みたいな感じで、とわたしは言った。

 

2010.04.12 Monday