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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

小雨の散歩

朝五時ごろ、町内の集積場にごみを捨てに行った。
小雨が降っていて、遠くに見えるタワーマンションなどが煙って見える。
あまり暑くもなく、まだ朝も早いから、目に見える範囲では街角に人も見かけない。
夏なので、早い時間の割にはもう外は明るい。
何だか気分がいいので、ちょっと散歩してみることにした。
小雨だからか、透明なビニール傘をさしているのだが、からだ全体に雨がまとわりついてくるような感じで、だといってそんなに濡れるわけでもなく、町全体がミストサウナになったようで、何だか気持ちがいい。
早く起きて、誰もいない町を歩いてみるのも、いいものだと思った。
もうちょっと遠くまで歩いてみることにする。
タワーマンションの方に行ってみることにした。
タワーマンションは、川を隔てた向こう町にある。川に掛かる、それまでいちども渡ったことのない橋を見つけ、渡ってみた。隣町なのに、わたしが住んでいるいかにも下町という感じではなく、何だか新興の、高級住宅街という感じだった。まだ開いてはいないが、高い食材を売っていそうなスーパーマーケットなどもあった。横川という名前の町のようだった。
歩いていると、何だかそこだけ古びた感じの場所があるな、と思い近づいていくと、神社だった。傘もささずに、おばさんと女の子がじっと黙って立っている。親子だろうか。今日はじめてみる人だった。ふたりのうしろに、「三町合同ラジオ体操所」、と黒々とした文字で書かれたでかい看板が掲げてある。ラジオ体操に来たのだろうか。一時間は早くはないか、しかも雨、しかし雨とはいえ小雨、ラジオ体操するかしないか微妙、などと思いながら、ふたりの方をちらちらと盗み見しつつ、中年は通り過ぎた。
しばらく行くと、同じ歩道の向かいから、自転車に乗った、若い女子高生ぐらいの女の子がやってきた。ぐんぐん近づいてくる。コンビニに突然必要になったものでも買いに行ったのか、Tシャツと短パンの、寝間着に近いような格好だった。何を急いでいるのか、スピードも落とさずやってくるので、すぐ横をすれ違うとき体勢を崩しそうになった。ひゃあ、とか言いそうになった。
しかし、そのとき、甘い、ちょっとむせ返るような匂いが鼻にとびこんできた。おそらくスッピンだったというのもあるのか、まだ、日常的に化粧をするのではない年頃の、独特のもわっとした匂いがして、それが通り過ぎて一瞬で消えた。
その匂いを頭で反芻しながら、こういう匂いを嗅いだのはいつ以来だろうと思った。
小雨がからみつくように降っている。
おそらく自分が男子高校生とかで、まだ、周りに女子と呼ばれる存在がいたころに嗅いだ匂いなのだった。
何かの拍子にからだとからだが近づいたときに、女子からしていた匂いなのだった。
高校生のころが、曖昧な感じで少し頭に思い浮かんだ。匂いって結構憶えているな、昔のことを思い出させるものなんだな、と思った。
更に歩いていくと、タワーマンションに達した。実際に来てみると、あたりはタワーマンションを中心とした、少し新しめの団地?となっているようだった。よくわからないながらも歩いてみる。まだ朝早いからか、人の姿がない。人の姿のない団地は、ひどく人工的な感じがする。
そのせいか、こんなにたくさんある窓の向こうに、本当に人がいて生活をしているのか、何だか実感がわかない。実感が無い。扉を開けて、ひとつひとつ確認してみたいような気になる。あまりにも建物などの規模が巨大になると、何だか現実感が薄くなってくる。東京の町にはそいうものを感じるときがある。田舎者だからであろうか。
自然などもそういうところがある、自分はグランドキャニオンとか見ても、ほーとかしか思わないような気がする。ひとは、あれを見て感動しているのだろうか。自分は少し感動する自信が無い。富士山を見たときも、はーとしか思わなかった。
団地を抜けると、少し先の道になぜか警察官らしき人が立っていた。向かいからやってきたふたり組のサラリーマンにおはようございます、と言った。
サラリーマンが通り過ぎた後、逆側から歩いてくるわたしに気づいて、わたしの方をじっとみている。なぜか目付きがするどいような気がする。そんな気を感じる。なぜだろう。
見るからに三十過ぎたおっさんが、軽い足取りでやって来たのが不審だったのだろうか。警察官はわたしからひとときも目を離さない感じで、じっとこちらを見続けている。わたしはテロリストでもないのに、何でそんなにするどい目でこちらを見るのだろう。距離をはかっているように感じるのはなぜだろう。
わたしは自分のことを見た。着ていた白いTシャツが、アンダーウェアータイプの薄い生地のものだったので、小雨に濡れて透けて、いつのまにかネグリジェみたいな、半裸に近い感じになっていた。両の乳首のところが黒く透けている。
スケスケの白Tシャツを着た、短パンにつっかけで、軽い足取りで歩いてきた傘をさした不審なおやじ。怪しく思うのも無理はないのかもしれないのだった。みんな仕事に行く準備などをしているはずなのに、お前はいったい何者なんだ、とでも言うような目で、警察官はわたしを見ていた。
くるっと反転して来た道を戻ろうかと思ったが、そんなことをしたら余計に怪しいし、ことによると追いかけられるかもしれない。
仕方がないので真っ直ぐそのまま歩いていくことにした。
怪しまれないように、前を通り過ぎるとき、わたしの方からおはようございます、と言ってみることにした。挨拶の出来る普通の一般人ですよ、と態度を示しておこうと思った。
しかし、緊張したのか、思わずこんにちは、と言ってしまった。
警察官には無視された。
へんな間になってしまった。
警察官の後ろを見たら、機動隊の詰め所だと門柱に書かれていたので、へーここに機動隊がいるのかーなどと、間を埋めるように、仕方がないのでひとりごとのように呟きながら通り過ぎた。
サラリーマンには、自分からおはようございます、と言ったのに、わたしから挨拶をしたというのに、おはようございますがこんにちはになっただけだというのに、なぜ無視されたのだろう。スケスケとはいえ、ちゃんと服も着ているのに、ルールはちゃんと守っている。
なんだか不平等な気がした。
しかし、今そういう気持ちにとらわれている間も、わたしは上半身裸に近い状態なので、シースルー乳首なので、そんなに乳首透けさせて歩いているだけで怪しいのか、シースルーなどとへんなあだ名をつけられてはいけないので、すぐ家に戻ることにした。
また、川に掛かる橋を見つけて渡る。
橋の渡ったすぐが下り坂になっていた。そろそろ歩いていたら、突然すべってこけそうになった。慌てて体勢を整えて、なんとかこけなかったが、それを直ぐそばで信号待ちをしていた軽トラに乗った見知らぬおやじが見ていた。おやじは吹き出して、車の中で笑っていた。かなり滑稽な姿だったのか、声は聞こえないが、 フロントガラス越しに見える姿で、ウケていて、何だかふっと気が緩まって、向こうは少し穏やかな気持ちになっているようなのが感じられた。
信号待ちの軽トラの前を横切るとき、照れ隠しに、頭を下げ、傘を少し掲げて通り過ぎたら、見知らぬおやじも、ハンドルを握っていた手を軽くあげて、それに応えた。

 

2009.07.24 Friday

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