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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

上京日記(6)

四月五日(そのニ)

ベットはやはり直ぐには届かない模様。最短でも十八日だと言われる。十八日まで床のうえに寝なければならない。明日、ふとんが届くが、床に直接敷くのは気がひけるので、井草のゴザを購入。テーブルとカーテンも買う。
バスで帰ろうかと思うが、バス停が見つからない。夜、見知らぬ町でさまよう。雨が降りそうだ。両手の荷物が重い。持ち手の紐が手に食い込んで痛い。二千円もしないテーブルだが、テーブルはテーブル、持って帰るのには少し無理があったのかもしれぬ、と後悔する。

信号待ちしている空車のタクシーが目に入った。テーブルを宅急便で送ってもらうことにしていたら、別途幾らか掛かっていたのだから、その節約した分のお金を使って、タクシーで帰ることにしよう、とわたしは思いついた。
信号待ちしているタクシーの横に駆けて行って、ちょっと頭が正常でなくなった人のようにはげしく手を振るが、なかなか気づいてくれない。夜、大都会の見知らぬ町で、気がふれたように手を振るオヤジ。信号が変わりそうだ。本当に気がふれている人だと勘違いして、おそろしくて無視しているのだろうか、と思ったら、やっと気がついてくれた。
大きな荷物を持っているが大丈夫でしょうか、というと、大丈夫だとのこと。運転手は、六十前後ぐらいの人だった。

タクシーが走り出した。タクシーとはなんと快適な乗り物だろう。あっという間に、夜の町の光が、流れる光線のようになって、わたしの横を通り過ぎていく。 ただ、財布にお金がもう五千円ぐらいしかないので、自分の住んでいる町を告げ、幾らぐらい掛かるでしょうかと運転手さんに訊くと、ワンメーターぐらいだと言われる。そんなに近いとは思わなかったので、恐縮していると、気を使ってくれたのか、お客さんは東京に出てこられたのですか、と話し掛けられた。はい、 数日前に広島から出てきました、とわたし。
「どうですか、東京は」
「凄いですね、本当に大都会ですね」
「といっても、ここいらと比べたら、広島の方が都会なんじゃないですか」
「そうかも知れませんけど、東京はどこまで行っても、町が途切れなく続いている感じがして、凄いな、大都会だな、と思います」
「そうねぇ、東京はどこまでも町が続いてるからねぇ。ほんと、どこまで行っても町ですよ」
 窓の外を見ると、遠くに、巨大なタワーのような、たくさんの明かりを灯したマンションが見えた。
「そうですね、いっぱいビルが立ち並んでて、あの窓の光の一つ一つに見知らぬ人がいるんだなと思うと、何だか凄いところに来てしまった、という気になります」とオヤジらしくも無いおセンチなことをわたしは口走ってしまった。
しかし運転手さんは、何だか感慨深げに黙って、そうねぇ、東京は町さぁ、と呟いた。

それから、仕事の為に出て来たとか、東京は人も多いが、神社も多いですね、という取り留めのない話をして、家の近くまで来て降りるとき、親切にも、東京でタクシーに乗るときのコツや、注意点を教えてくれた。車内から見ると、また、住み始めた町が違った風に見えて、不思議である。

 

2007.04.05 Thursday

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