薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

上京日記(7)

四月六日

部屋に、ゴザを敷き、テーブルを置き、カーテンをかけると、あら不思議、わたしの部屋も、人の住むらしきものに変わった。板敷きの部屋にダンボールがあるだけ、部屋の中でなぜかホームレス風の生活を営む変わったオヤジが、お家に暮す人の末席に加われた思いである。
そしてついに、わが家にふとんが来た。目の前にふとんが見える。ああおふとん。
ためしに中に入ってみた。まあなんとあたたかい。なんと肌触りがいい。やっぱり人にはふとんである。ふとんで寝るに限る。ふとんはなんといいやつだろう。ふとんの為なら三度ぐらいムチで打たれてもいい。
あたたかいふとんからシュっと出て、マジマジとふとんを見つめ、それからふとんの踊りを踊った。

それからついでに、やっと寝袋も届いた。本当にいまさらである。お金だけ泥棒された気分である。もういまのわたしにはおふとんさんがいるのである、お前になど用は無いである。だが、わたしはこころが広いので、押入れの中には入れてやった。押入れの中に、封の開けていない寝袋があることとなった。

生活も最低限、市民並になったので、正式に社会の中に生きる人間の仲間入りを果たすべく、転入届をする為に役所に行った。職員さんに、お仕事はなんですか、 と訊かれ、一瞬こたえに詰まり、いまは無職です、とこたえるわけにもいかず、ライターです、とこたえたが、何だか後ろめたかった。別に嘘をついたわけではないのだが、税金を納める可能性が低い人を、その町も招き入れたくはないだろうし。

帰り道、バスに乗らずに、歩いて最寄駅まで行くことにした。途中に、去年東京に来たときに行った、思い出のそばやがあるからである。野菜天ぷら丼とせいろそばのセットを頼む。この贅沢をする為に、バス代と、朝と昼の飯代を節約した。去年来たときは、かきあげ天ぷら丼とせいろそばのセットを食べた。なつかしい。店の感じはまったく変わってない。来てよかったと思った。

わたしの他にも、客がいる。四人組のオヤジと、少し粋な老人一人。四人組のオヤジは、酒が入っているようで上機嫌である。話す声が耳に入ってくる。何だか悪口大会のようだ。

そのオヤジ達によると、俳優の佐藤浩市は器のちっちゃい男であるらしく、自分の機嫌ひとつで、弱いものいじめをするような男であるらしい。ヘアメークの女の子に、ドライヤーのあてかた一つで、いちいちケチをつけるらしい。

佐藤浩市は、あつ、あつ、と言いつつ振り返り、どこあててんだよ、とヘアメイクに言う。そして前を向いたかと思うと、ひと呼吸後にまた直ぐさま振り返り、 あつ、どこあててんだよ、と言い、もういいよ、と言って、その場にヘアメークを立たせたまま、自分でセットをしはじめるらしい。ひとりのオヤジが身振りを交えてマネをしていた。まるでその場を見てきたようであった。ああ、佐藤浩市ならそんなことするかもしれないな、とわたしは思ったが、しかしわたしは、佐藤浩市はそんな人ではないと信じることにしておく。野菜天ぷら丼とそばは、たいへんおいしかった。

店を出て最寄駅に向かっていたら、携帯電話で話をしているお相撲さんを見かけた。東京に来てお相撲さん初目撃。夜、こんなところで何をしていたのだろう、と一瞬思ったが、そういえばここから両国は近いのだった。

 

2007.04.06 Friday

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