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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

eneloop

広島日記

やばいやばいと思っていたのです。
ちがうちがうと必死で打ち消していたのです。
ですが、もう自分に嘘をつけなくなりました。

どうやらわたくしは、電池フェチのようなのです。
電池に異常な興奮を覚える異常者のようなのです。
電池を見ると心拍数が上がります。
ああ電池だ、と思ってしまいます。

昨晩、電池で満たされたプールを、狂ったように笑いながら泳いでおりました。夢の中でです。

ごく平凡な社会生活を営んでいたわたくしを、わたくしにしかわからないところで追い詰めたのは、三洋電機です。奴等の新製品のせいなのです。それはエネ ループという名の電池なのです。ニッケル水素というわけのわからないもので作られた、1000回も繰り返し充電して使える電池なのです。

わたくしは、とりわけ充電池に弱いのです。
ああ充電池だ、と思ってしまいます。

それまでも、ニッケル水素電池は出回っていたのですが、エネループのお手ごろな値段、自己放電がとてつもなく少ないところ、そしてなにより、 1000回使えるというところが、電池にさほど興味を持っていなかったあるひとりの男を、電池をみると正気ではいられない身体に変えてしまったのです。

いえ、すみません。世間体を気にして、嘘をついておりました。わたくしがはじめて電池の持つ魔性の魅力にとりつかれてしまったのは、いま思えば、小学一年の時です。

誕生日に、親にラジコンのおもちゃを買い与えられたわたくしは、動くそれがとても不思議でなりませんでした。リモコンで命令すると、ラジコンはわたしの命じたように動くのです。

右というと右、左というと左、前進というと前進いたします。わたくしはそれがもう不思議で、楽しくてならず、いつまでも飽くことなく、もうそれは頭でもおかしくなってしまったかのように、ラジコンを動かし続けておりました。

そうしていると、やがて、ラジコンの動きが鈍くなり、とうとう最後には、ラジコンは動かなくなってしまったのでございます。遊びすぎたので壊れてしまったのだ、とわたくしは思い、非常に後悔いたしました。

買ったその日に壊してしまうなんて、わたくしはなんてことをしてしまったのだろう。いままで買って貰ったおもちゃのなかでも、それはとりわけ高価なおも ちゃだった。きっと親にきつく叱られるに違いない、と思い、わたくしは動かなくなったラジコンをじっとみつめたまま、部屋の隅でいつまでも俯いておりまし た。

動かなくなったラジコンを見つめれば見つめるほど、あたりがしんとしてくるようでございました。いま思えば、とりかえしがつかないことが起こってしまった時に感じる感覚を、身体ではじめて覚えた瞬間だったのかもしれません。

やがて、親が部屋に入ってきて、幼いわたくしに声をかけました。様子のおかしいわたくしから、親はラジコンを取り上げると、いろいろと試した後、でんちが 切れているなといい、別の部屋から電池というものを持ってきて、ラジコンとリモコンについていた蓋を開け、わたくしの知らないデ、ン、チ、というものを取 り替えたのです。

するとどうでしょう、あれほどどんなにわたしが見つめても、動いて動いてと思いを込めても応えてくれなかったラジコンが、壊れたラジコンが、直って、生き返って、動き出すではございませんか。それははじめて、現実に魔法をみるような思いでございました。

ちょうだいちょうだいして、親の手からリモコンを受け取ると、わたくしはラジコンとリモコンをひっくり返し、蓋を開けて、そのでんちという不思議な命の素をこの目でよく見て、探ろうといたしました。

でんち、電池、その不可思議で変てこな塊を、わたくしはラジコンから取り外してみました。出っ張った面には+、平らな面には-と、奇妙な記号か呪文のよう なものが記されておりました。大きさの割に子供の手にはズシリと重く、嗅いでみると、かすかに頭の奥をちくちくするニオイのようなものがする気がいたしま した。

舐めてみようとすると、わたくしは親に叱られました。それは決してしてはいけないというのでございます。身体に悪い、毒であるというのです。おもちゃに入 れられているのに毒である、なにかその矛盾に、こどものわたくしは背中がぞくぞくするような、なにかいけない心持ちがいたしました。

そして、最もわたくしを驚かしたことは、その電池という塊は、外すと、どこも壊れたような、まったく目で見た変化はないというのに、ラジコンが、またぴくりとも動かなくなる、ということでございました。

電池を外すと、ラジコンは動かなくなる。電池を入れると、ラジコンはまた動くようになる。親が部屋から出て行った後、わたくしは、もうラジコンを動かして 遊ぶというよりも、電池を外すと動かない、電池を入れると動く、ということを、何度も何度も繰り返し繰り返し行ない確かめ、それを確認して静かな興奮を味 わっていたのでございます。

いまから思えば、それは、一種の快楽殺人鬼と、同じ興奮の質であったのかもしれなかったと、思うのでございます。機械に向くか、生物に向くかの、違いだけでございます。

ラジコンのような機械には、電池という命の塊が入っている。そして、家にある機械の殆どには電池が入っており、それを外すと、機械は動かなくなってしまうのだ、ということに、なにかいいしれぬ興奮を、誰にも知られないところで、密かにわたくしは覚えたのでございます。

わたくしは、いまのところ、社会不適合者、あるいは何かの犯罪者として、社会から追われ、つかまり、隔離されてはおりません。どこぞとも知れぬ場所から、こうやって言葉を垂れ流しているのでございます。

わたくしは厭きっぽい性格であったため、そのような興奮を、掘り下げ、追及していくことを、いつのまにか忘れてしまったのでございましょう。それゆえ、可もなく不可もないようなのっぺりとした生活を、つつましく営めていたのでございます。

しかし、そのわたくしののっぺりとした平和を、奴ら、三洋電機が、壊そうとしているのでございます。奴等の恐るべき活動が、健全な精神を持ったわたくしを、日々蝕み、侵食しているのです。奴等はわたくしにしか分からない方法で、メッセージを送っているのです。

テレビをつけると、わたくしのテレビから、エネループのコマーシャルが流れてくるのです。雑誌をめくると、そこにエネループの広告があるのです。街を歩く と、ビルの上にはエネループの看板があるのです。エネループエネループエネループ、電気店には無数のエネループが並んでおり、みんなわたくしの方を見つめ ているのでございます。横にある看板には、環境と、それを学ぶ教育のため、奴等は小学校にエネループを無料で配ったりなどし、いたいけな小学生を、わたく しのような変態に調教しつつあるというのです。だから、あなたもエネループを心置きなく買っていいのですよ、と囁くのです。ああエネループ。単四電池を二 本、電池など切れてないのに買ってしまいました。

単四電池と単三電池が電池の中でも一等好きです。細長くて、丸みを帯びてて、このなかに電気が満ち満ちていて、入れた瞬間に機械を動かし始めるかと思う と、もう少し気がへんになってくるのです。気がつくと一時間ぐらい経っているのです。エネループはデザインもよく、いつまでみてても厭きません。

バイト代が入ったと同時に、さっそく電気店に向かい、急速充電器と単三電池四本を購入しました。どこにも使うところがないというのに。病気です。一足す一 は二ではないのです。論理では説明できないのです。論理で物事を考えるやつはなにもできません。人間は不合理な生き物なのです。持っているお金を全てエネ ループに代えてしまいそうです。そんなところを想像すると、打ち震えるような快感があります。バイト代が入る日にエネループを買う。それまでの29日がす べて報われるような錯覚があるのです。

きっと今夜は、電池の銀河を永遠に漂いつづけるわたしの夢をみる筈です。もうそれを思い描いて恍惚としているわたくしがいるのでございます。
もうどうしようもないのです。

 

2007.01.20 Saturday

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