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薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

真夜中

夜中の三時に、レンタルビデオ屋で借りたDVDを、返却しなければならないことに気づいた。レシートを見ると、返却期限が今日の朝六時になっている。こんなに夜遅くに、わざわざ返しに行きたくはないが、朝まで起きていられる自信がない。
かなりの枚数を借りてしまったので、延滞料を払うと、同じものをまた借り直せるぐらいの額になる。まとめてたくさん借りると、一本あたりのレンタル料が安くなるというのには、返し忘れたときの延滞料という落とし穴がある。一本あたりの延滞料は、まとめて返し忘れても安くはならないのだ。
でも寒いし暗い。夜中にわざわざ返しに行くのはめんどくさい。行こうか行くまいかとぐずぐずしていたが、結局、返しに行くことにした。

寝静まった町。町の建物や電柱が、真っ黒い影となっている。外灯がほんのわずかにしか点っていない。夜の闇に紛れ歩いた。歩いているのは、わたししか見当たらない。信号機が、赤や黄色に点滅している。真夜中仕様である。自動販売機の明かりが、暗い夜道の中、少し心強い。寒いので、缶コーヒーを買い、飲みながら行くことにした。

熱くなりすぎたコーヒー缶に苦労しながら歩いていると、わたしは後ろの方に、何かの気配を感じた。こんな時間に外を出歩いているなんて、いったいどんな人間なんだろう。気味が悪い。しばらく歩きながら様子を窺っていると、なぜだか、前を歩くわたしと、ある一定の距離を保ちながら、後をずっとつけてきているような気がする。

角を曲がっても、ずっとひたひたとついてきているような気がした。
そうしているうちに、さらに暗い裏道の方へと入ってしまい、月も雲に隠れてしまった。


振り返ってみても、暗くて姿はまったくといっていいほど見えない。
しかし、確かに何ものかが、いる気配がある。
わたしは、思い切って足を止め、目を凝らして、じっと後ろを見つめた。
すると、向こうも足を止め、こちらをじっと見つめているような空気が、暗い道のなかを伝わってきた。

わたしは心から怖くなって、わけもわからず走り出した。
耳に、わたしのはげしい足音と共に、何か、人の足音とは思えないような不気味な音が聞こえ、その音がどんどんと大きくなって来る。
距離を縮められている。
後ろを振り返る余裕はもうなく、突然わたしは叫び声をあげたくなったが、うまく声が出なかった。
泣きたいような気持ちで、わたしは缶コーヒーを後ろに投げつけた。
缶が地面に転がる音がして、わたしを追ってくる不気味な足音が止んだ。

先に、公園が見えはじめたが、直ぐに、また凄い勢いで、足音のようなものがわたしを追って来るのが聞こえはじめた。
とっさに、公園のすべり台の上に逃げようと思ったが、公園に入ったとたん、足が縺れ、あっと思った瞬間、体が強く打ちつけられ、自分が地面に擦れる感じがした。
うつ伏せにこけてしまった。

追いかけてきた来たものは、間近まで来ると、じっとこちらを見ながら、じわじわと近寄って来ているようだった。
鼻息だろうか、何だか変な息遣いのようなものが聞こえている。
もう、恐ろしくて見る勇気がない。
ところが、わたしを見下ろすような真横の位置までくると、突然興味を失ったかのような、あたりを見廻しているような、呆けたような、相手の不可思議な気配が伝わってきた。
わたしは思わず振り返って、見上げてしまった。

わたしの身近にいたものは、四本足で立っていた。
首が長く、頭が小さく、耳が大きかった。
長い首を伸ばして、わたしの腋の下を嗅ぎ始めた。
一頻り嗅いだのち、首を思いっきり上に向けて伸ばし、しばらくそのままの姿勢だった。
そして突然、わたしの股ぐらをスエットパンツの上から嗅ぎ出した。
目が慣れると、シカだった。マチコだった。

その後、少し離れたブランコのところまでマチコは歩いていき、そこからわたしの方を見ているようだったが、わたしが地面に倒れたままなので、公園のゴミ箱を漁り始めたかと思うと、また、わたしの方に戻ってきて、温かい舌でわたしの顔をべろべろと一頻り舐めた。そして、またゴミ箱の方に戻り、ゴミ箱から食べ 物のパッケージらしきものを一つ咥え出して、そのままトコトコと歩き去って行った。

 

2007.02.22 Thursday

 

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