薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

広島

とうとう広島を出る。少しおセンチになった。
転出などの諸手続きのため役所に行った帰り、町の中心部に出た。
春の暖かい風が吹いていて、目に映る景色はどれもこれも、なぜだかとても懐かしく見えた。
わたしは一軒の食い物屋に入った。昼飯どきを外れているので、客は他に誰もいなかった。


以前、大学を出て直ぐの頃、わたしはこの店の近くにある古本屋で働いていた。
その頃のわたしは自己中心的で独善的で、協調性もなく世渡りも下手糞で、店の中で孤立し、いじめられてもいた。だから、勤務時間中はこころが休まるときが無く、この食い物屋に来て昼飯を食べるときだけが、唯一息が抜ける時間だった。


常にそうなのだが、常日頃以上に、きつくあたられたときや、無理なことをいいつけられてへこまされたときなど、いつものラーメンをチャーシューメンにしたり、ざるそばを天ざるにしたりしたものだ。あんなやつらには負けないぞ、という気持ちで、カツ丼を食べたときもたびたびあった。


店はあの頃と何も変わっていない。前もって食券を買う仕組みも、あの頃と変わってはいなかった。


券売機を前にして、さあ何を食べようか。東京に行って勝つ、というゲンを担いでカツ丼にしようか。しかし、カツ丼のボタンを見ると、売り切れの赤いランプが点っていた。ならばざるそばを、と思うが、ざるそばにも、その横の天ざるのボタンにも、赤い売り切れのランプが点っている。

時間帯が悪かったのだろうか、お昼に全部出てしまったのかもしれない。カレーや温かいうどんやそばは出来るようだが、この店でわたしはそれらを頼んだことがない。

 

どうあっても、この店で以前食べていたものが食べたかった。券売機のボタンに、食べたこのとのあるメニューをわたしは探し求めた。視界の隅に入っているカウンターの中のおばさんが、何でこの客は直ぐに決めないんだろう、と内心思いながら、わたしの方を見ているような気がする。


ラーメンがあった。ラーメンがある。しかしチャーシューメンがない。これも売り切れ。わたしはラーメンのボタンを押して出てきた食券をおばさんに渡し、四人掛けの席にひとりでついた。

ラーメンはいつも食べていたのと同じ、特に美味くもない、食券制の店でいかにもでてくるようなままの味で、それが懐かしかった。


しかし、最初に食べようと思ったカツ丼が、やはり食べたい。ゲンを担ぎたい。夕飯どきまで町をぶらぶらして、カツ丼を食べて帰ろうか。


そういえばカツ丼といえば、小さな頃、町に買い物に出たときに母親が食べさせてくれた、センター街のそば屋があったことを思い出した。どうせカツ丼を食べるなら、最後にそこでカツ丼を食べて、広島を去りたいような気持ちになった。

 

ラーメンを食べた店のある金座街から、センター街までぶらぶら歩いて、そごうやパセーラなどで時間をつぶし、センター街(いまだに昭和の感じが残っている)のそば屋でカツ丼を食べて帰った。

 

2007.03.30 Friday

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