薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

奥様

奥様、
奥様のほうでは、少しも御存じのない男から、突然、このようなぶしつけな日記を差し上げます罪を、幾重にもお許しくださいませ。
こんなことを申し上げますと、奥様は、さぞかしびっくりなさることでございましょうが、私は今、あなたの前に、私の犯してきました世にも許されない罪悪を告白しようとしているのでございます。
私は数ヶ月の間、世間からひきこもり、本当に悪魔のような行いを続けてまいりました。もちろん、広い世界に誰一人、私の所業を知るものはありません。も し、自分を抑えられているのなら、私はそのまま永久に、奥様に対してこのような形で、告白することもなかったのでございます。いろいろ御不審におぼしめす 点もございましょうが、どうか、ともかくも、この長い長い日記を終わりまでお読みくださいませ。日記という方法では、妙に面はゆくて、筆の鈍るのを覚えま すが、ともかくも、順を追って、書いていくことにいたしましょう。

私はあるコンピューター関係の会社に勤めておりました。しかし、イメージとは違い、この仕事は朝も夜も休みもない、それこそ人間を機械のように酷使して使 い捨てる、血も涙もない仕事でございます。来る日も来る日もキーボードに向かう毎日に、言い知れぬ味気なさに襲われるのでございます。なんとも形容できな い、いやあな、いやあな心持は、だんだん、私には堪えきれないものなってまいりました。私は生まれて三十数年になりますが、女性とお付き合いしたこともな く、女性という他者と、濃密な感情の遣り取りをしたこともない、生まれて幸も不幸も感じたことのない、生きてるのだか死んでるのだかも判らないような、う じ虫のような生活を続けておりました。こんな生きている実感もないような生活を続けるぐらいなら、いっそのこと、本当に死んでしまったほうがましだ、私は まじめにそんなことを思っておりました。

そんなとき、何とはなしに、いろんな方のブログを渡り歩いている時に、ある女性のペエジが、目に留まったのでございます。そのブログはとても洗練され、趣 味もよく、そのブログを登録している女性は、生まれてこのかた女性を知らないような私などはとても一緒の空気を吸うことも許されないような、華やいで素敵 な女性であることがわかります。日記からはいい匂いが薫ってくるようで、私は仕事の合間などにたびたびそのブログに立ち寄り、勝手な妄想の翼を広げ、まる で、こんな私などがその女性と付き合っているような気持ちでいつも日記などを読んでおりました。その女性に会ったこともないのに、バカな男でございます。

考えてみれば、その女性の本名も顔も姿もわからない。その時、死を決意した私の頭に、ふとある考えが浮かんで参りました。悪魔の囁きというのは、多分こうしたことを指すのではありますまいか。

私にとって、その女性の登録情報を抜き出して、名前やメールアドレスを知ることは造作も無いことでございます。いまではその女性の端末に私のオリジナルの プログラムを仕掛け、ネットにアクセスしたと同時に私のPCに連絡が入るようになっております。私はこれだけは自分に禁じておりましたが、その女性のハー ドディスクの中にある、メールやデジカメで撮影したセルフポートレートなどは、見ないように、それだけは止め様と思っておりましたが、今まで味わったこと のないような、変てこな、変てこな、この快楽に、自分を抑えることが出来ませんでした。初めて、その女性の姿を見たときのことは、今でもありありと思い出 せますが、死ぬまで決して忘れられません。私が思いを寄せるその女性は、私の想像どおり、いやそれ以上の女性であったのでございます。
私はその女性の虜となっていったのでございます。彼女のメールを読んで、彼女が心持もやさしい女性であることを知ると、毎日、いや一分一秒とも、彼女の 日々の行動をせめてPC経由で把握しておきたい。その気持ちを打ち消すことが出来ず、ついには会社を辞め、どのキーやマウスをクリックしたかどうかまでわ かるプログラムを何日も寝ずに開発したほどでございます。その女性の細く長い綺麗な指が、マウスをクリックするごとに、私は快感に打ち震えてしまい気でも おかしくなってしまいそうな毎日なのでございます。

かようにして、私の情熱は、日々に烈しく燃えて行くのでした。そして、ついには、私は身のほどもわきまえぬ、大それた願いを抱くようになったのでございま す。たったひと目、私の恋人の顔を見て、そして、言葉を交わすことができたなら、そのまま死んでもよいとまで、思いつめたのでございます。その女性がある 男の奥様でもあっても構いません。

奥様、あなたは、むろん、とっくにお悟りでございましょう。その私の恋人と申しますのは、あまりの失礼をお許しくださいませ、実はあなたなのでございます。
奥様一生のお願いでございます。たった一度、私にお逢いくださるわけにはまいらぬでございましょうか。あなたが、ネットにアクセスしていることを知り、 ノートPCであなたがクリックしようとしたあるブログの日記を書き換えたのでございます。そして、あなたがこの日記を読み終わる時分には、私は心配のため に青い顔をして、あなたの家のまわりを、うろつき廻っております。どうか窓からお顔をお出しくださいませ、それを合図に、私は、何気なき一人の訪問者とし て、お宅を訪れるでございましょう。





長い長い拙い文を読んで頂きありがとうございます。尊敬する江戸川乱歩先生の『人間椅子』の文体を模写して、日記をつくってみました。

 

2007.01.07 Sunday

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