薫の下流日記

日記、近況、習作、その他ゴミ置き場

地震 つづき

わたしは、ここ数年の内に東京で起こるかもしれない大地震について心配している。
遠路はるばる東京に出て行き住居を決めて、家具を買い、食器を買い、衣服を買い、さあ新生活を始めるぞ、というところで地震が来て、総てがぐちゃぐちゃになってしまう。
家具は板切れに変わり、食器は陶片に変わり、衣服はボロ布に変わる。
知り合いの編集者はぺしゃんこになり、出版社は火に包まれる。
東京砂漠である。

だが、生きているだけ、まだましかもしれない。
わたしには、ある地震との呪われた宿命によって、大地震が来たのなら、東京砂漠を歩いてゆく前に、ジ・エンド、となってしまうおそれがあるのである。

わたしはこれまでの人生で、二度ほど大きな地震にあっているのだが、なぜかそのとき、必ずうんこをしている。
瞬間、便座に座ったまま、あっ地震だ、と思うのだが、直ぐさまとんでもない揺れになる。
コレはでかい。
ただごとではない。
死ぬかもしれぬ。
わたしが尻丸出しのまま、せめて拭いて死ぬか、流して死ぬかの選択に悩んでいると、壁に手をついていないと立っていられなくなり、もうお終いだ、というところで、これまでは運良く揺れがおさまっていたのだ。

だが、これまでの大きな地震が、大地震の序の口だとしたら、大震災クラスの横綱がやってきたときは、運良くおさまったりはしない。
天井などが崩れてきて、パンツとズボンを膝のあたりに下ろしたまま、そこでわたしはジ・エンドである。

だから、わたしが東京に行ったなら、知り合いの方は、わたしが便所に入った時は、気をつけていただきたい。
大なのか小なのか、必ず確認をとっておいていただきたい、ということである。
そして、瓦礫の下から尻丸出しで息絶えているわたしを見つけたら、どうか笑って許してやってほしい、ということである。

 

2007.01.27 Saturday

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